数ヵ月前にある個展でお話した芸術家さんが、こんなことを仰っていました。
【これからの時代は、本物と偽物の違いが明確になるんでしょうね。】
最近お仕事をしていると、この芸術家さんがおっしゃるとおりの時代になってきたと感じます。その大きな要因は、近年著しく普及・進化している生成AIの影響です。
先週ある取材に向けて、セミナー動画の文字起こしをしていました。
30分動画の文字起こしにかかる時間は「約2時間」。
今回は自分が内容理解するための文字起こしなので、重要度が低いところは適当に流しています。
しかしそれでも、私の標準的なスピード「約30分動画⇒約2時間」を要している形です。
ちなみにドキュメンタリー番組などの言葉をノートに手書きしても、「約30分の番組⇒約2時間」「約1時間の番組⇒約4時間」かかります。
PCのキーボードでも手書きでも同じ作業時間というのは、少し不思議な感じがします。
近年は生成AIが普及したことで、セミナー動画や面談などの文字起こしも「自動で簡単に」行えるようになりました。ホント便利な時代になったものです。
ICレコーダーもAIによる文字起こし機能(サービス)を搭載している商品が多いのですが、私の場合、現時点では「そんなに使わないかな?」と思います。
それで今回は、音声に特化したものを新調しました。あえての乾電池式です。
音声に特化したICレコーダーを選んだ理由はシンプルで、私の場合は「中身を覚えるために文字起こしをしているから」となります。
なんでしょう。近年、私の口から次から次へと出てくる言葉たちは、その大半が「文字起こしでインプットしたもの」なのですよね。
それらの言葉や話題は「書籍やWebコンテンツを「読み流して」習得したものである可能性」は、かなり低いです。
なぜなら私は職業柄、たとえば午前と午後で全く異なるテイストのものを書いたり読んだりする必要があるため、基本的に「本や原稿を閉じると同時にすべて忘れる脳」になっているからとなります。
いや、厳密には全て忘れているわけではないのですが、でも小説などは本を開いてから「自分がどういう話を読んでいたのか?」を思い出すまでに、ものすごい時間がかかります。
たとえば、小説を30ページ読んで本を閉じる。翌日「なんの話だったっけ?」となり、10ページ戻る……みたいなことが普通です。小説はとにかく進みません。
本読みはとても苦手です。
話を戻します。先週は文字起こしをしながら「被取材者がどういう人なのか?」についてずーっと考え続けていました。
質問テーマを事前提出するように言われていたのですが、発注者の方はなんと「生成AIで適当にアウトプットしてください!」とおっしゃったのですよね。
でも、生成AIに作らせた質問は、「相手の琴線に触れるもの」にならなそうじゃないですか。
なんでしょう。これは普通の会話にも言えることですけど、人って「相手は自分に興味を持ってくれている」と感じたときに、トークのギアが上がるものだと思います。
一方で、生成AIに吐き出させた質問をそのまま提出した場合、それって相手を「寂しくさせる」のではないだろうかと。
相手はもちろん、我々の取材目的は理解しています。
でも、わざわざ特別な取材機会を作ってくださっているわけですから、そこで「彼女は業務命令で僕にインタビューしているだけであり、僕自身の活動や価値観にはまったく興味がなさそうだな~。(寂)」とは思わせたくないな、と。
そういう想いのなかで始めたのが、約2時間の文字起こしだった次第です。
ちなみにその方はかなり活きの良い研究者でして、いろいろなところに登壇されているのですよね。
それゆえに、私の文字起こしは、トータル3.5時間ぐらいに及んだでしょうか。
なんでしょう。生成AIが普及した時代にこの作業をすることは明らかに非効率的な感じですが、でもここでインプットした知識は以下のところで使い回せます。
・他の取材で役立つ
・他の原稿執筆で役立つ
・東洋経済などのビジネス誌や新聞をすらすら読めるようになる
・国会中継やニュース視聴の解像度が上がる
・雑談の幅がひろがる など
最近忙しくてあまり視聴していないですが、国会の予算委員会では、与党議員がけっこう面白いビジョンを語っていたりします。
そういうのを聞いて「なるほどね~」や「コイツら酷いもんだな……」と思えるのも、日々の文字起こしがあってこそだったりするのです。
ちなみに私は仕事以外のプライベートでも、週5~10時間ぐらいの文字起こし(しかもすべて手書き)をしているかもしれません。
以下ノートに書かれているネタが、日々の雑談でアウトプットされているという……。
初対面のバーテンダーさんや作家さんと2時間ぐらい普通に話せるのも、この文字起こしのおかげかもしれません。
この赤字のやつは、文字起こしではありません。自由自在に扱えない(自分の血肉になっていない)キーワードを一覧化して、その使い方を丁寧に調べていた感じでしょうか。
最近は、学校の宿題である読書感想文や、進学・就職時の志望動機について「そんなのAIに書いてもらえ!」と言い放つ親御さんが増えているのだそうです。
まあ、生成AIは日々進化していますから、こちらが適切な指示や最終チェック、調整をしっかり行えば「それっぽい文章」を「簡単」に完成させられるのでしょう。
でも、そこで私は思うのです。「そもそも志望動機は、なぜ書かなければいけないのだろうか?」と。
それはつまり「志望動機ってなぜ必要?」という話です。
また、「そこでみんなが生成AIを使うとしたら、志望動機を提出させる意味なくない?」みたいな。
それは先ほどから書き綴っている「私はなぜ2時間もかけて文字起こしするのか?」と似た問いになります。
ちなみに私は、動機付けも専門だったりします。
そういう立場で思うのは、「志望動機を生成AIに書いてもらうってことは、その学校や企業に入る「強い動機」がないのでは?」ということです。
たとえば最近では、従業員エンゲージメントの向上に力を入れる企業が増えていて、「自社の仕事や組織に愛着を持ってくれる人を獲得したい」という採用ビジョンが一般的になりつつあります。
そういう会社に採用してもらうためには、「私はあなた達のこんなところに惚れている!!」「あなた達の仲間にしてください!!」的な言葉を通じて、面接官の心に「愛」や「情熱」を突き刺す必要があります。
でもそこで、志望動機に生成AIを使うと、最も重要な「熱」が削ぎ落とされてしまうのですよね。
なんでしょう。「私は絶対にこの会社に入りたいんだ。ここじゃなきゃダメなんだ。うぉー!!!!」といった松岡修造さんのような熱い想いが、言葉に乗らなくなってしまう感じでしょうか。
そういう意味で履歴書やエントリーシートの志望動機は、実のところ「上手で読みやすい文章」を書く場所ではない気がします。
いや、仕事で文章を多く使うのであればそれなりの上手さやセンスが必要かもしれませんが、「私は絶対にここで働きたい!!!」や「ここじゃないと嫌だー!!!」的なことをアピールするだけなら、そんなに上手じゃなくてもいいのではないでしょうか。
そう考えると、「志望動機や読書感想文なんか生成AIに作らせてしまえ~」的なことを言う大人は、「上手で読みやすくきれいな文章=正義」と思っているのかもしれませんよね。
まあ、文章を書く課題を生成AIにやらせ続けることによる損失は、ボクシングのボディーブローのように人生後半になってけっこう効いてくるのではないかと思います。
そもそも志望動機の作成は「貴女は本当にこの会社に入りたいんですか?」と囁く心のなかの悪魔と対峙する作業です。
それはつまり、面接官と会う前に自分としっかり対峙する必要があるということになります。
生々しい表現を使えば、自分の欲望を深く知るための作業であり、言語化を通じて欲望の源泉にたどり着き言葉に熱を乗せさえすれば、そんなに上手じゃなくても選考通過する可能性が高いのではないでしょうか。(※相手が求める経験・スキル・ポテンシャルなどはもちろん必要ですが…。)
なんでしょう。ロボットに作らせた無機質なラブレターでは、相手を落とせない。仮に落とせたとしても、いつか化けの皮が剥がれて失敗に終わる感じかもしれません。
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先ほど、「AIが引用した参考文献の約3分の2が存在しない文献だったりする」という
GIGAZINEの記事が目に留まりました。
私の周囲にも「調べ物や企画出しはすべてAIに任せちゃいましょう!」的なノリの組織や人が増えています。
そこで実際に使ってみると、上記の記事が示すとおり、生成AIが「けっこう間違った答えを出してくること」がわかります。
たとえば私がその分野の専門知識を持っていて、AIが出した答えを自分で校閲できるのであれば問題なく活用できるかもしれません。
しかし、AIは「誤情報を本物っぽく出してくる」ことに長けているので、こちらのチェック能力が乏しい場合、誤情報をそのままリリースしてしまうこともあるでしょう。
そういうなかで最近すごく面白いと思うのは、生成AIに出力させた企画案のファクトチェックをしないまま、お客様に提出してしまう人も増えている点です。
企画書を読んだ被取材者は「インタビューアーは、この分野についてそれなりに理解しているっぽいな。(早くお話したいな、超楽しみ♪)」という認識で取材に臨むわけですが、実際に会ってみると、この業界に関する知識だけでなく関心もない、スッカラカン……みたいな。
まさに冒頭書いた「偽物」ですよね。
なんでしょう。自分の専門知識が乏しく、取材当日までにそのレベルを上げきる時間や能力がなければ、「自分は初心者なので、簡単な話から始めてください。」でいいと思うのです。
でも、そういう人たちの多くは、生成AIを使って「わかっているっぽい質問書」を作り、「本物であるっぽい自分」を演じようとする。
そもそも専門知識の乏しさや薄っぺらさは、話し始めて30秒程度でバレるのですが、しかしそういう人たちは自分が「偽物」だと思われていることに気づかない。
また、偽物であることの発覚が相手に幻滅をもたらし、そこから著しい信用低下につながることも気づいていません。
「生成AIを使えば、自分も容易く本物になれる。そして化けの皮は絶対に剥がれない。僕達のビジネスは必ずうまくいく。」と信じているようです。
平易な表現を使えば「チョロいし、ぜんぜん余裕!」みたいな感じでしょうか。
志望動機の話に戻します。
最近は生成AIで志望動機を作ってくる求職者が増えたため、それに気づいた企業側では「志望動機はもう読む必要ないのでは?」的な感じになっているようです。
また、近頃の採用市場では、求職者の化けの皮が剥がすためにITテクノロジーを併用する「アセスメント採用」が人気となっています。
なんでしょう。求職者は生成AIを使い「履歴書上で本物っぽい自分」を演じるわけですが、一方で採用企業側では生成AIなどを活用して化けの皮を剥がし「本物を見極めよう」とする。
これからの時代は「採用企業と求職者」「取材者と被取材者」といったざまなところで、偽物と本物のいたちごっこが白熱していくのかも知れません。
面白い時代になってきたと思います。私は本物だと感じてもらえるように、せっせと文字起こし学習をしていきたいです。