マトモなアイデンティティと語りの関係。

本を読むエネルギーが枯渇気味なので、最近はその代わりに4～5本の論文を持ち歩いています。

今日は、大阪大学大学院の井上瞳さんが書かれた「語ることと語り出すこと――性暴力とトラウマケアをめぐるアイデンティティに関する考察」という論文をちょっと読んでみました。

最初の2～3ページしか目を通していないのですが、私が言いたい内容と似た話かもしれません。

これは、幼少期からずっと違和感を抱いていることなのですけど。

たとえば、誰かに大事な秘密を打ち明けるとき、その相手には「自分と良好な関係である人」が選ばれることが多いじゃないですか。

旦那さんや奥さんなどのパートナーもそうですし、たとえば学校の先生とかそのあたりの人たちも、「自分と良好な関係である人」に該当することが大半でしょう。

逆に言えば、自分と関係が悪い相手や、自分に批判的な相手に対して、「ちょっと聞いてくださいよ？」と自分の秘密を打ち明ける人は滅多にいないはずなのです。

そこで1つ疑問が生まれます。

それは、その相手が自分に好意を持っていて今後も関係を続けていきたいと思っていたり、相手にとっての自分が大切なお客様であったりする場合、話を聞いた相手の反応は「今後も良好な関係が維持ができる、支持的な内容に限定される可能性が高い」ということです。

たとえばですけどね。ある女性が「私にはものすごい黒歴史があって…。」と語り始めたと仮定します。

話を聴く相手がその女性のことが大好きな彼氏だった場合、黒歴史の全容が明かされない早期のうちに「まあ、黒歴史ぐらい誰にでもあることだからね。そういうのは気にしなくていいんじゃないかな。僕はずっと貴女を応援するよ。」と話を遮断し、相手をやさしくフォローする優しい回答が出てきやすいのですよね。

なんと言いますか、一般論で考えたら、反応やコメントは「黒歴史の中身」次第になるはずなのですが、相手が「自分たちの関係維持」を重視した場合、AIが作ったテンプレートのような短絡的反応が即時的に出やすくなってしまう次第です。

そこで思うのは、話への反応って本来は「話の中身次第」であるはずなのに、「お互いの関係次第」の予定調和になってしまっているコミュニケーションが非常に多いということだったりします。

そこでさらにもう1つの違和感が生まれます。

それは「貴女の黒歴史が何であれ、私は絶対に貴女を支持しますよ。」的スタンスの他人は、「本当に自分の幸せを願っているのか？」ということです。

それは、「自分の幸せを願うとは、何をどう願っているのか？」や「支持って何をどこまで支持するのか？」や、「それを支持しちゃうあなたは、信用に値する人間なのか？」ともいえるでしょう。

私がこういうことを常々思う理由は、その黒歴史の中身として「過去に殺人事件を犯したことがある」なども大いにあり得ると感じているからです。

相手と自分が長い付き合いであれば、「私は子どもの頃、貴女の娘をずっと虐めていた。貴女の娘が不登校になった原因はすべて私にある。」といった激白の可能性もあるでしょう。

それらは、「あり得る」ではなく「普通にある」のですよね。

まあ、私個人は「今その人が、どのように生きようとしているか？」と「自分と合うか？合わないか？」しか見ないタイプですが、一方で一般の皆さんの場合「過去に殺人事件を犯したことがある」と言われたら、開いた口が塞がらなくなるでしょう。

「まあ、黒歴史ぐらい誰にでもあることだからね。そういうのは気にしなくていいんじゃないかな。僕はずっと貴女を応援するよ。」と言った直後に、開いた口が塞がらなくなるパターンは非常に多いのです。

要は、相手が自分との良好な関係維持を望んでいた場合、どんなにヘビーな黒歴史を激白しようと思っても「私は「マトモな」貴女を支持するよ。」的な偏った反応がものすごい勢いで返ってくる可能性が高いのですよね。

まあ、そうじゃない人たちもいることはいるのですが、日本人の場合は多くの人間関係が「マトモな私とマトモな貴女はとても仲良し」みたいな世界観を構築するための会話に陥りやすいと思います。

お互いが絶対に離れないように、「マトモ」という鎖で拘束し合うケースが非常に多いのです。

子どもの頃から、自分に好意的な人と話す度に違和感を抱いていたのですよね。どういうわけか必ず「貴女は良い人、マトモな人」というアイデンティティが付与されてしまうのだよな、と。

しかしこの「良い人」「マトモな人」は、その相手や特定コミュニティにとっての「限定的な良い人・マトモな人」であることが多く、「世間一般にとっての良い人・マトモな人」ではなかったりもするでしょう。

私はここ15年ぐらい「貴女と私はマトモである」というカオスから必死に逃げ続けてきたのかもしれません。