最近、自分がクロスドミナンスだと気づくようになりました。
クロスドミナンスとは、用途によって利き手が異なる状態を指す概念です。日本語で「交差利き」や「分け利き」と呼ばれるものになります。
たとえばですけどね。4分の1カットの南瓜を調理する場合、以下の感じで使う手が変化していきます。
①冷蔵庫から南瓜を出す→左手
②南瓜のラップを剥がす→左手
③南瓜の種をとる→左手
④南瓜を包丁でスライスする→右手
⑤シリコンスチーマーを取り出す→右手
⑥シリコンスチーマーに南瓜を入れる→左手
⑦蒸し上がった南瓜にかける醤油の蓋を開ける→左手
また、毎日の歯磨きも以下の感じかもしれません。(私の歯磨きは使う道具がとにかく多く、時間もかなりかかります。でもこれで、日本人の8割がかかっている歯周病がほぼ治りました。歯医者さんのプラークテストで合格するために日々技術を磨いています。)
①歯間ブラシ→右手
②フロスを伸ばして適切な長さでカット→右手メイン
③フロス→右手メイン
④スケーラー→右手
⑤タフトブラシ→右手
⑥歯磨き粉の蓋を開ける→左手
⑦普通の歯ブラシで仕上げ→左手
⑧水道の蛇口→左手
⑨手ですくった水で口をすすぐ→右手
⑩水道の蛇口→左手
私の場合、親から教えられた以下の道具類はだいたい右手で使います。
・包丁
・はさみ
・スプーン/フォーク
・鉛筆
・書道や絵画の筆
・手芸
・物の仕分け
・飲み物のストローを袋から出す/使う
お箸は気分次第です。ここ最近は、右手ご飯がマイブームかもしれません。
そして近年、左手でできることが以下のように急増しています。かつては右手でやっていたことが左手でやるようになって、いろんなことが素早く効率的に楽しくできるようになった次第です。
・車の運転
・歯磨き
・ドアノブ
・自動改札
・レジ袋を結ぶ
・紙を数える
・ペットボトルや調味料を開ける
・スマホ操作
・トランプをきる
・握力を使う作業
・買い物で商品を手に取る
いや、上記はもともと左手が得意な作業だったのですが、それに気づくまでにかなり長い歳月を要しただけなのでしょう。
車のハンドルのように「力を使うこと」と「咄嗟にやること」で、左手が自然にでてくるケースが増えているかもしれません。
なんと言いますか、右左をいちいち決めていないので、自分的にも毎日新発見の連続です。「お、これは左のほうが効率的なのだな!面白い~!!」みたいな。
先日、折り紙も左手でできることに気づきました。嬉しすぎてダイソーで折り紙を買い、自宅で「鶴」や「手裏剣」を折りまくっていた次第です。
右手でやっていた頃は大の苦手だったのに、それを左手にしただけでサクサク折ることができました。
理由はよくわからないのですが、私は子供の頃、右利きで教育されたのですよね。でも、本当のところは左利きだったのでしょう。
小学校入学前の面談で「鉛筆で丸を描き、ハサミで線のとおりに丸をカットして、最後に丸の真ん中に自分の名前を書く」という知能検査みたいなものがありました。
私はとても緊張していたのか何なのか、鉛筆をいきなり左手に握って丸を描き始めたんです。そしてハサミも左で使うおうとしたときに、母が遠くからすっ飛んできて「どうしちゃったの?そっちの手じゃないでしょ?緊張しちゃった?大丈夫?」と右手に持ち直された次第です。
母はすごく焦っていて、先生方に何度も謝っていました。
そこから「右利きの子ども」として学校に入るのですが、図工・家庭・体育などの授業でかなり苦労しました。
これは最近わかったのですが…。私は基本的に何らかの作業をするときに「右と左のどっちが得意か?」を検証するだけで2日以上かかるのですよね。
右手ではどれだけ頑張っても全然うまくいかない→周囲との能力差で劣等感→自暴自棄になって「どうでもいいや!」となる→適当にやり始める→「あれ?左手ならイケるんじゃね?」の繰り返しです。左手がベストだと気づくまでに、長いと数年かかります。折り紙がそうであったように。
でも学校の授業って、そんな時間は与えられないじゃないですか。だからとりあえず周囲を見回して、右利きであるみんなの真似をしてみるのです。
しかしそのやり方では、だいたいのことが上手くいきませんでした。
これは、会社員時代にみんなで営業パンフレットの整理をしているときにもよく生じた問題です。普通の人の3倍ぐらい遅いし、おまけに作業品質も悪いのです。丁寧とかでもありません。
でも周囲は一生懸命、真面目にやっているのがわかるので、だからこそ「なんで?」となるわけです。人一倍がんばっているのに「何をどうしたらそんなに遅くなるの?」と。
自動車の運転および教習所でも大変でした。
お世話になった指導教官の皆さんが全員右利きだったので、私は右利き人間のハンドルの持ち方・回し方を真似るわけです。
しかし私は、そもそも「右手で力仕事的なこと」がまったくできないのですよ、、。(これに気付いたのは35歳すぎてから)
それゆえに、ハンドル回しを右手主導でやると怖いというかグラグラするというか、まあ「ド下手」なんですよね。短期集中コースだったのでなんとか卒業できたのですが、卒検の日にいちばんお世話になった先生がやってきて、「たぶんね、もう乗らないほうがいいよ。」と仰ったのです。
そして免許をもらって父の車に乗り始めるわけですが、父からもかなりマジギレされました。結局みんな「そんなに真面目にやっているのに、なぜ上達しないの?」と苛立ちます。
でも、そんななかで自分の車を買ってもらい、毎日黙々と練習していたら……あら不思議。左手を使えばハンドルがスルスルと回せるじゃないのよ、、、と。
そこから自信がついて運転が面白くなり、自分の車を獲得後1ヵ月で会津から箱根まで下道で行くことになります。
当時の車にはカーナビもついていませんし、東京の清瀬市で友だちを拾って神奈川県厚木市でみんなと合流してからの箱根だったので、なかなかチャレンジングな行動だったと思います。
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ここまでの話で私が伝えたいのは、いわゆる自己理解ができていない人は、集団内で「上手な他人の行動」を真似ざるを得ないということです。
その対象は、学校であれば「上手そうな友だち」、自動車教習所であれば「上手な先生」になります。
しかし、その上手そうな人たちは、自分と同じ利き手かどうかはわからないし、その上級者のやり方が自分にマッチする、自分にとって効率的かつ効果的とは限らないわけです。
以下の4段階職業指導法によるOJT(On-the-Job Training:現場での職業訓練)では、上司や先輩による「Show(やってみせる)」がファーストステップになるのですが、クロスドミナンスの私はそれによって混乱し、劣等感を覚え、沈んでいくタイプかもしれません。
①Show(やって見せる)
②Tell(説明する)
③Do(実践させる)
④Check(評価と指導を行う)
4段階職業指導法って、山本五十六さんの「やって見せて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ」とほぼ同じ考え方なのですよね。
私がさまざまな場所で書いている人材教育論は、上記の山本五十六さんおよび4段階職業指導法とは大きくかけ離れたものです。
いま「「やって見せて、言って聞かせて~」を読んで改めて思うのは、日本が「空白の20年」や「失われた30年」みたいな状況に陥ってしまった背景には、この教育信奉の影響も結構あるのだろうな、いうことになります。
戦時中は「やって見せて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ」で良かったというか、それじゃなきゃダメだったのでしょうし、高度経済成長期も今のような急速な変化・逆境が少なかったので、「それで問題なかった」のでしょう。
一方で、予測不可能な変化が繰り返されるVUCAの現代では、「言って聞かせられて動く人」や「褒められてモチベーションが上がる人」は、主体性やイノベーションを重んじる企業が最も嫌がる人材層になってしまっています。
またそもそも、褒めるは外発的動機づけなので、学校や会社でそれをやりすぎると、他社承認欲求が不満状態の「褒め言葉をクレクレ病」を量産しかねない。
ものを深く考え抜くために不可欠な孤独力も低下しますし、セルフリーダーシップやセルフマネジメント力が発揮されづらくなるのです。
今の時代はSNSでただでさえ報酬が容易く得られやすいので、多くの人がクレクレ病に陥りやすいでしょう。
そういうなかで「褒めて伸ばす」というのは、褒めた相手から感謝されたい上の人間のエゴになりつつあるのかもしれません。
ここで誤解していただきたくないのは、私は「上から褒める」をネガティブに感じている一方で、「周囲からの適切なフィードバック」は非常に大切だと思っている点です。
フィードバックと褒めるの大きな違いになります。
そもそも「褒める」は相手に対して失礼ですし、その褒める側が神様でもない限り、相手の可能性を狭めかねないですから。
山本五十六さんが活躍された環境や彼が生きた時代では「褒める」がたしかに大事であり効果的だったとは思いますが、一方で近年の日本では、個人の生き方や価値観だけでなく社会そのものが多様化していますから、「褒めるメリットが得られづらい世の中になっている」かもしれません。
でも、昭和のおじさん・おばさんたちの多くは、褒めることを「相手へのご褒美」だと勘違いしてしまっている。
今の若者は我慢強くないとよく言われますが、彼らが早期離職してしまう背景には、そういう温度差も影響しているのかなと、人材教育論の仕事をするなかでよく思います。
私は子どもの頃から、やたらと褒めてくる大人から逃げまくる傾向がありました。自分の無限の可能性が閉ざされる感じがして。
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ちなみにクロスドミナンスだと、右と左もあまりよくわかりません。また、右と左がわからないと、東西南北をおぼえるのも難しいです。
会津若松市は「北会津・南会津・西会津・東山」という方角がついた地名に囲まれているので、東西南北がわからなくても何とかやっていけるのですが、昨秋に大都会へ行ったときには、本当に苦労しました。

スマホのナビ機能で研修会場を目指しますが、「30m先を右に曲がってください」と音声で言われても、「右ってどっちなのよ?」的な話になるのです。
いわゆる日本車に乗っていれば「この車は右ハンドルであり、自分は右側に座っている」と覚えているので、カーナビの音声指示に戸惑うこともありません。
でも、私のように右左や東西南北がわからない人が徒歩でナビを活用しようと思うと、まったく使い物にならないことがわかった次第です。
ほとんど毎日スマホのナビ機能を使っていましたが、その案内でちゃんと目的地に到着できたのは3割ぐらいでしょうか。
基本的には、真逆に歩いてしまうことが多かったです。研修会場の駅には余裕を持って到着しているのですが、真逆の方向にガンガン歩いてしまうので、すごく遠い場所からいつも遅刻ギリギリ猛ダッシュみたいな。
そのうちナビも私の反発に混乱して使い物にならなくなり、結局コンビニの店員さんとかに道を尋ねることが多かったです。
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学校や会社には「努力すれば必ず上達する(だからお前はまだ努力が足りない)」的な考え方がありますけど、私は努力以前の問題なので、だからこそそういう場所にフィットしないのかもしれません。
なんでしょう。当時は言語化も苦手で「言語障害」とよくバカにされていたので、劣等感を高めるために学校に行っていたようなものでした。
いまは一人で働いているためあまり気にならなくなりましたが、集団のなかにいるとクロスドミナンスゆえの「どん臭さ」が際立ちます。
でもクロスドミナンスって、脳科学的に見ると「右脳と左脳をバランスよく鍛えられる」という点でかなり良いことらしいのですよね。
特に認知症を予防するためには、左右の脳を両方動かすことが大切みたいです。
また、いわゆる企業経営者も、右脳と左脳のバランス感覚が優れていたほうが良いのだとか。船井総合研究所さんの以下の図なんて、非常に興味深く面白いですね。
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